海外文学

チャック・パラニューク「Adjustment Day」洋書レビュー


 

総評:★★★☆☆

  • アイディアは好き。
  • 三人称視点で、物語の核はわかりづらいが、広範な世界観は楽しめる。
  • ファイト・クラブへの言及あり。ファンなら読んでおいてもいいかも。
  • アメリカ人種問題に切り込むので、人によっては好き嫌いがかなり分かれる。

Adjustment Dayのあらすじ

近未来のアメリカで、腐敗した上院議員が有り余った若者を対象に、

反乱を防ぐ目的での中東の計画的核攻撃へ、若者を招聘させつつ為の草稿を復活させようと計画していた。

謎めいた一人の俳優タルボット・レイノルズTalbott Reynoldsは、

人生とはどう生きられるべきかについての彼自身のマニフェストと知識を包含する小さな青黒い本をもって国中を流布していて、"The List"と呼ばれるWebサイトでは、死に値する公人を投票制で集い、リストにして管理していた。

草稿が復活させられる前の投票で、レイノルズのマニフェストのリーダーは立ち上がり、リストの公人を殺め、死んだ彼らの権力と、自分たちが新しいアメリカー3つの分断された地域であるBlacktopia,Gaysia,Caucasiaのリーダーであることの証明として、耳を切り取ったのだった。

こうして革命である「Adujustment day」によって、3つに分断されたアメリカの物語が始まる。

Adjustment Day考察①米国での酷評?

パラニューク作品の一つのテーマでもある悩ましい「性」についてのストーリーは本作でも健在である。いや、これまでのどの作品よりも、ありとあらゆる数々のきわどいテーマー同性愛、トランスジェンダー、ゲイ、人種問題、が盛りだくさんなのである。

例えば、白人が住むCaucasia、黒人が住むBlacktopia、ゲイとレスビアンの住むGaysiaの三つに分かれたアメリカが描かれていて、

部族社会に逆行するCaucasiaと、テクノロジーの力で発展していくBlacktopiaの構想などは、なるほどブラックパンサーの世界観である。

他にも南北戦争時代のミンストレルショー(顔を黒く塗った白人による演劇)を彷彿とさせる、JamalとJosephineのストーリーなんかは、

人種音サラダボウルアメリカ(懐かしい)でこんな本だして大丈夫?とはらはらするような展開が目白押しである。

これは出版国の米国ではかなり賛否が分かれているようで、

例えばこちらの書評では、「読むに値しない!」と、書評うんぬんのまえに、怒りに近い悪評をぶつける声さえある。

そもそもそのあたりのコンテクストに乏しい日本人の僕にとっては、ある意味「Adjustment Day」はそれなりにエンジョイできてしまったのだが。。。

Adjustment Day考察②ファイトクラブとの繋がり

パラニューク作品を読むうえでは、最早彼の最高傑作である「ファイトクラブ」との比較は避けられない。

パラニューク作品の邦訳本を制覇して、未翻訳の洋書にまで手を出してしまう程には彼のファンであるのだが、

本作は、ある意味「ファイトクラブ」と最も共鳴する作品なのではないかと感じた。


実際に本書の中間点ほどのところでは、「ファイトクラブ」に関する考察がTalbott Reynoldsによって紹介される。

このTalbott Reynoldsはファシスト的哲学をもった人物で“First make yourself despicable, then indispensable”のセリフからもそれは推察できる。

ここでおもしろいのは、レイノルズが、映画版ファイトクラブには懐疑的で、原案の小説版ファイトクラブに重きを置いている点である。

ファイトクラブにおけるタイラー・ダーデンも、

黒づくめの服を着て、メイヘムプロジェクトを実行し、檄を飛ばす姿を見ればわかるが根っからのファシストだ。

ファイトクラブのテロリズムは、所為見知ったビル群の爆破や、迷惑行為など、ある意味、ローカルギャングの域を出ない小さなテロリズムに留まるものだったが、

本作では、国家ー3つに分断されたアメリカという、より大きな集団を扱ったものだ。

Adjustment Day考察③「耳を切りとる」ということのメタファー

「耳」の扉絵にもあるとおり、有権者の耳を切り取るというある種象徴的なシーンが印象的な本作。

読んでまずはじめに浮かんだのは「耳なし芳一」という日本国民にはなじみ深いあのトラウマ昔話だ。

体中にお経を書き込み、怨霊から姿を消そうとするも、

耳だけお経を書き込み忘れて、耳のみを切断され、もっていかれてしまうお話だ。

では切断された耳はどこへもって行かれるのか。答えはあの世である。

もう一つ話を付け加えると、鎌倉時代の修行僧明恵上人は、俗世から離れて修行を行うべく、耳を切り落したというエピソードもあるようだ。ひえ。

以上の話から「耳」という器官は、実は、「社会との繋がり」としての意味合いを含んでいると仮定できるかもしれない。


Adjstment Dayに話を戻す。

Adjstment Dayにおいて「切断される耳」とは、社会からはじかれるべき存在であるとして、The Listの国民投票によってあぶりだされた有識者の「耳」である。

いままでの社会で権力を握っていたものをはじき、

その見せしめとして社会との繋がりの印である「耳」を切り取る。というストーリーは

これまでの東洋文化圏における「耳」のシンボル性から見ても筋が通っている。

Adjustment Day考察④性的なシンボルとしての「耳」

耳にまつわるエピソードはまだある。ゴッホが自分の耳を切り取ってなじみの娼婦にプレゼントしたのは有名な話だ。


どんなアピールだよ。とも思うが、ナカムラクニオさんのこちらの記事を読むと、「耳」が太古の昔から、村上春樹に至る現代まで「性」や「性器」のメタファーとして、扱われてきたことを思えば、わからなくも?ない。

作中で、ファイトクラブは、「去勢」の物語だ。というやり取りがあるが、

Adjustmen dayでも有権者の耳を切り取るという行為は、

ある意味「去勢」を暗示するものとしても読めるだろう。

このあたりは、社会や、性さえも超越していくファイトクラブのダンディズムの思想が

より先鋭化された物語として再読していくと、また違った発見があるのかもしれない。

Adjustment Day考察⑤章立てのない本編、アトランダムな時制

パラニュークの文章はミニマルで、明快で、洋書ビギナーにも幾分読みやすいかと感じる。ただし、相変わらずの錯綜した時系列と、韻を踏んだ文体、唐突に現れるアクロバティックな悪文に、読解がやや混迷を極めたことを添えておく。

三人称視点で、様々な登場人物と時制を往復する展開のあと、レイノルズ視点で「Adjustment day」についての特に新しくもないストーリーが後編で綴られた時には、シンプルに混乱した。


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